犬のワクチン(予防接種)の種類・費用・時期を獣医師が一覧で解説 【前編】
2025-12-15
犬のワクチンについて調べると、
「毎年必要なの?」
「3年ごとでいいって聞いた」
このような情報があふれていて、何が正しいのか分かりづらいと感じる方は少なくありませんか?
実際、国際的なガイドライン(WSAVA など)では、
“コアワクチンは成犬であれば 3 年間隔でも十分” と明記されています。
一方で、日本国内では、多くの獣医療現場で「毎年1回」が標準 と案内されています。
この違いが、飼い主の混乱を生む大きな理由になっています。
また、完全室内飼育なら感染しにくいのは事実ですが、
ウイルスの種類によっては人や物を介して家庭内へ入り込めるもの が存在し、
「室内だから絶対に安全」というわけではありません。
さらに、ワクチンにはメリットだけでなく、副作用のリスクも少なからずあります。
多くは軽いものですが、まれに重い反応が起こることもあるため、不安や疑問を抱くのは当然のことです。
だからこそ必要なのは、
「すべての犬に同じ接種スケジュールを当てはめること」ではなく、
犬の生活環境・健康状態・飼い主の考え方をふまえた “最適なワクチンプラン” を一緒に作ることです。
そこで今回の記事では、国内外のガイドライン、科学的根拠、そして臨床現場の実情を踏まえながら、
犬のワクチンについて飼い主が迷いやすいポイントを
前編、中編、後編の3回に分けて網羅的に解説していきます。
目次
【前編】
1. 犬のワクチンで予防できる病気
■ コアワクチン(すべての犬が受けるべきワクチン)
■ ノンコアワクチン(生活環境によって必要が変わるワクチン)
■ ワクチン構成の例(5 種・7 種・10 種の違い)
2. 国内事情:なぜ「毎年1回」が基本なのか?
3. 完全室内飼育でもリスクがゼロではない理由
【中編】
1. 日本で入手できる犬のワクチン一覧
◆ コアワクチン(全ての犬に必要)
◆ ノンコアワクチン(生活環境により必要性が変わる)
2. 犬のワクチン構成の例〜費用の目安と、知っておきたい“種類ごとの選び方”〜
◆ 5種混合ワクチン
◆ 7種混合ワクチン
◆ 10種混合ワクチン
◆ 製品の入手性について
3. 犬のワクチンはいつ接種する?
◆ 子犬のワクチンプログラム:最終接種は “16週齢以降” が必須
◆ 成犬の場合:1歳時のブースターが免疫の“土台”を決める
◆ 全体として大切なのは「子犬期の確実な基礎免疫」と「法的義務の遵守」
【後編】
1.完全室内飼育でも“ゼロにはならない”感染リスク
2.ワクチンの副作用を正しく理解する
■ 即時型反応:接種直後〜30分以内に起こるアレルギー反応
■ 遅発型反応:数時間〜数日後にみられる反応
■ 注射部位のしこりと、極めてまれな腫瘍報告
■ 小型犬の方が副作用が多い? 大規模調査が示した傾向
■ 副作用より“感染症リスク”の方がはるかに大きい
3. 持病のある犬・免疫抑制剤を使っている犬のワクチネーション
4. 混合ワクチンと狂犬病ワクチンは同日に接種しても良い?
■ 日を分けて接種することにどんな意味があるのか?
■ 接種間隔の設定例
■ “混合ワクチンは反応しやすい?”という疑問について
5. 抗体価検査(免疫モニタリング)という選択肢
■ 抗体価が十分なら、次の検査も 3 年後でよいのか?
■ 国内で抗体価を測れるのは「コアワクチンだけ」
■ 「抗体価証明書」はワクチン証明の代わりになる?
■ 抗体価検査は “万能“ ではないが、価値のあるツール
1. 犬のワクチンで予防できる病気
犬のワクチンには、
「コアワクチン」と「ノンコアワクチン」 の2種類があります。
まずは、それぞれが何を予防するのかを整理しておくことが、
適切なワクチンプランの第一歩になります。
■ コアワクチン(すべての犬が受けるべきワクチン)
国際的なガイドライン(WSAVA など)で「すべての犬に推奨される」と定義されているワクチンです。
致死率が高く、広く存在し、感染力が強い病気が対象になっています。
具体的には以下の3つが含まれます。
① 犬ジステンパーウイルス(CDV)
発熱、神経症状、肺炎、消化器症状などを引き起こし、致死率も高いウイルス性疾患。
1 度感染すると重篤な後遺症が残ることもあります。
② 犬パルボウイルス(CPV)
激しい嘔吐・血便を起こし、特に子犬では命に関わる危険性が高い疾患。
環境中で長期間生存するため、完全室内飼育でも理論上の感染リスクが残ります。
③ 犬アデノウイルス(CAV-1/CAV-2)
CAV-1 は肝炎(犬伝染性肝炎)、CAV-2 はケンネルコフ(犬の風邪症候群)の一因。
混合ワクチンでは通常、CAV-2 で免疫をつけ、CAV-1 にも交差防御が働くように設計されています。
■ ノンコアワクチン(生活環境によって必要が変わるワクチン)
すべての犬に必須ではありませんが、
生活環境・地域・感染リスクによっては接種を検討します。
なお、ノンコアワクチンは免疫が長続きしないため「毎年1回」が推奨 されます。
① レプトスピラ(数種類の血清型が存在)
河川、野生動物(特にネズミ)を介して広がる細菌感染症。
人にも感染する「人獣共通感染症」であるため、リスクの高い地域では重要なワクチンです。
② パラインフルエンザ(CPiV)
ケンネルコフ(犬の風邪症候群)の一因。
鼻汁や咳が中心で重症化はまれですが、
多頭飼育やトリミング・ペットホテルの利用が多い犬では検討されます。
③ 犬コロナウイルス(CCoV)
軽度の下痢が多く、単独で重症化しないため現在は、国際的に接種非推奨。
国内でも受けられる病院は減少傾向にあります。
■ ワクチン構成の例(5 種・7 種・10 種の違い)
ワクチンの「○種」という数字は、『混合されている抗原の数』を表します。
例)
- 5 種:コアワクチン(3種)+ パラインフルエンザ +(CAV を2種と数える場合あり)
- 6種:5種+犬コロナ
- 7 種:5 種 + レプトスピラ(2 血清型)
- 10 種:7 種 + レプトスピラ(さらに3 種)など
数字が増えるほどレプトスピラの血清型が追加されるのが一般的です。
地域性が強いため、レプトスピラの接種は
「地域の発生状況」や「散歩ルートの環境」 をふまえて判断します。
2. 国内事情:なぜ「毎年1回」が基本なのか?
日本で犬の混合ワクチンが「毎年1回」と案内される背景には、いくつかの事情が重なっています。
まず前提として、狂犬病ワクチンを除くすべての混合ワクチンは任意接種であり、
その接種頻度は、メーカーの添付文書を基準に決められています。
国内で流通している混合ワクチンの多くには、
「初年度シリーズを終えた後は 1 年ごとに追加接種を行うこと」と明記されており、
これが“年 1 回”の起点になっています。
ここで重要になるのが、ノンコアワクチンの位置づけです。
代表的なノンコアワクチンである犬パラインフルエンザウイルスやレプトスピラは、
免疫の持続がコアワクチンほど長くありません。
そのため国際ガイドラインでも
「毎年の追加接種」が原則とされています。
しかも日本では、この犬パラインフルエンザの“単剤ワクチン”が存在せず、
パラインフルエンザをカバーしたい場合は必ず5種・7種・10種といった“混合ワクチン”を選ばざるを得ません。
つまり、生活環境のどこかでノンコアを必要とする犬は、
構造的に “混合ワクチンを年 1 回接種する” 以外の選択肢がありません。
一方で、国際的なガイドライン(WSAVA)は、コアワクチンに関して「健康で感染リスクの低い成犬であれば、3 年間隔でもよい」と明言しています。
これは科学的に裏付けられた妥当な考え方です。
しかし、この部分だけが切り取られて広まると、
「すべての犬に3年間隔でよい」と誤解されがちな点には注意が必要です。
実際には、ノンコアワクチンは年間免疫が基本であり、国内ワクチンの添付文書も年 1 回を求めているため、
日本の実情と国際ガイドラインは必ずしも同じ方向を向いていません。
さらに日本独自の事情として、
ペットホテルやトリミングサロン、しつけ教室など、
さまざまな施設で「1 年以内の混合ワクチン接種証明」が利用条件として求められています。
科学的には十分な免疫を維持していても、証明書が“1年以上前”であるだけで入場や利用を断られるケースは珍しくありません。
こうした社会的・実務的な背景も、自然と“年 1 回”を選択せざるを得ない理由になっています。
もちろん、すべての犬が年1 回を必要とするわけではありません。
完全室内飼育で、他犬との接触がほとんどない生活をしている犬では、
かかりつけ獣医師の判断と飼い主の理解を前提に、接種間隔を3年に延ばす選択が現実的となる場面もあります。
しかし、多くの犬は散歩、ドッグラン、サロン、ペットホテルなど、どこかで外の環境と関わりを持っているため、ノンコアを含めたワクチンの必要性は想像以上に高いものです。
最終的に、ワクチネーションの最適解は一律ではありません。
犬の生活環境、感染リスク、体質、家族の考え方など、
それぞれを丁寧に組み合わせて、最も理にかなった接種プランを組み立てていくことが重要です。
そのプロセスを支えるのが、かかりつけ獣医師との継続的な対話なのです。
3.完全室内飼育でもリスクがゼロではない理由
「うちは完全に室内飼育だから、ワクチンは必要ないですよね?」
診療の現場で、こうした質問を受けることは少なくありません。
確かに、外に出る犬と比べれば感染リスクは大幅に下がります。
しかし、“ゼロになるわけではない” という点が重要です。
まず、コアワクチンの対象となる パルボウイルスやジステンパーウイルス、アデノウイルス は、環境中で非常に強いウイルスです。
土やほこり、靴底、衣類などに付着し、人が知らないうちに家庭内へ運び込んでしまう可能性があります。
とくにパルボウイルスは環境中で長期間生存するため、
犬が外へ行かなくても、ウイルスのほうが家に“やって来る”ことがあり得るのです。
また、犬が一生のあいだまったく外に出ないという状況は、多くの場合、現実的ではありません。
散歩や動物病院受診はもちろんのこと、
トリミング、ペットホテル、一時預かり、災害時の避難など、
生活の中には、他の犬や環境と接触する機会が必ず存在します。
さらに、高齢犬や持病のある犬ほど病院に来る頻度が増え、結果として感染症と出会う機会も増えます。
一方で、犬パラインフルエンザやレプトスピラ(ノンコア)のように、
特定の環境や犬同士の近距離接触で感染しやすい病気は、生活スタイルによって必要性が変わります。
ただし、都市部であっても、公園や歩道は多くの犬が利用する“共有環境”であり、
リスクが完全に排除されるわけではありません。
こうした理由から、WSAVAは
「完全室内飼育であっても、コアワクチンによる基礎免疫は全犬に必要である」
と明確に述べています。
これは“必要以上に多く打つべき”という意味ではなく、
「最低限の防御力を確実に身につけさせることが不可欠」という科学的根拠に基づいた考え方です。
結局のところ、完全室内飼育は感染リスクを下げる大きな要素ですが、
ワクチンを不要にするほどの“絶対的な安全”を生み出すものではありません。
最も現実的で安全なアプローチは、
コアワクチンによる基礎免疫を確実に行ったうえで、
生活環境に応じて追加接種(特にノンコアワクチン)の頻度を調整することです。